正岡子規が残した名言を紹介

正岡子規 名言


正岡 子規(まさおか しき)
正岡 子規(まさおか しき)1867年~1902年
愛媛県松山市生まれ。俳人・歌人。
「子規句集」「子規歌集」「仰臥漫録」「墨汁一滴」「病牀六尺」など。



・余は今まで禅宗のいはゆる悟りという事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。



・文章は簡単ならざるべからず、もっとも簡単なる文章がもっとも面白き者なり。



・美しき花もその名を知らずして文にも書きがたきはいと口惜し。



・何でも大きな者は大味で、小さな者は小味だ。うまみからいふと小い者の方が何でもうまい。



・病気の境涯に処しては、病気を楽しむという事にならなければ、生きていても何の面白みもない。



・勅撰集の如きものが日本文学の城壁ならば、実に頼み少き城壁にて、かくの如き薄っぺらな城壁は、大砲一発にて滅茶滅茶に砕け可申候。



・写実的自然は俳句の大部分にして、即ち俳句の生命なり。この趣味を解せずして俳句に入らんとするのは、水を汲まずして月を取らんとするに同じ。



・世間恐るべきは猛獣毒蛇にあらず、壮士暴客にあらず、ただ勉強家と沈黙家と謙遜家とのみ。



・今の政治家実業家などは皆提灯を借りて蝋燭を分捕(ぶんどり)する方の側だ。尤もづうづうしい奴は提灯ぐるみに取つてしまつて平気で居るやつもある。



・自個の著作を売りて原稿料を取るは少しも悪き事に非ず。されどその著作の目的が原稿料を取るといふ事より外に何もなかりしとすれば、著者の心の賤しき事いふまでもなし。



・一日のうちに我痩足の先俄かに腫れ上りてブクブクとふくらみたるそのさま火箸のさきに徳利をつけたるが如し。医者に問へば病人にはありがちの現象にて血の通ひの悪きなりといふ。



・足あり、仁王の足の如し。足あり、他人の足の如し。足あり、大磐石の如し。僅かに指頭を以てこの脚頭に触るれば天地震動、草木号叫、女か氏いまだこの足を断じ去つて、五色の石を作らず。



・草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生して居ると、造花の秘密が段々分つて来るやうな気がする。



・僕が死んだら道端か原の真中に葬って土饅頭を築いて野茨(のいばら)を植えてもらいたい。石を建てるのはいやだがやむなくば沢庵石のようなごろごろした白い石を三つか四つかころがして置くばかりにしてもらおう。



・柩(ひつぎ)の前にて通夜すること無用に候、通夜するとも代りあひて可致(いたすべく)候  柩の前にて空涙は無用に候 談笑平生の如くあるべく候。




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